シューベルトのきもち

ウィーンフィル室内楽演奏会に行ってきました。
ウィーンフィルの楽団長がシューベルトについて語り
楽団員がシューベルト室内楽曲を抜粋で演奏する形。
企画としては「箱」と「ソフト」に妙なミスマッチ感が
あったけれど、何と言っても音楽学の「Dr.」を持っててシューベルト
の詩を熱く朗読しちゃう楽団長とウィーンフィルのメンバーの力んでないけれど
ちゃんとした音楽が、オケとは違う滋味を出してたきがします。


公演の最後に問題提起がされました。
シューベルトの音楽における「悪魔」「死」「生」について。一般的な伝記で
伝えられるシューベルトの酒びたりでどんちゃん騒ぎが大好きで賑やかしい
姿。それが本当の彼の姿でしょうか…と。「菩提樹」の詩が朗読され、
「死と乙女」の詩が朗読され、最後に「死と乙女」の2楽章の演奏で
終わったのですが、案の定やっぱりこの曲聴くと、私トランス状態(←あぶねー)


静かにおびやかされ、ゆっくりと蝕まれ、大きな恐怖に格闘を試みて、
麻薬的に見える美しい情景、そして聴こえてくる音、一筋差し込む光、
最後は微笑をうかべながらこの世を惜しむように目を閉じるけれども、
かくして実際は悪魔の手の上でふっと命の蝋燭を吹き消されるように呆気なく
絶える小さな命…そこで最期にみるものは?


五重奏の2楽章にも3楽章のトリオにもそうした場面があるよね。


ウィーンの音楽家と話す機会があった時、「ウィーン人には、
酒と音楽と、まったく正反対な死への恐怖、それしかないよ」と
言ってました。ウィーン人は死ぬのをとっても怖がる民族だって。
シューベルトの音楽やマーラーの音楽に見え隠れする「悪魔」的な
ものは、そうした頽廃的な想いも表しているのかな…。


シューベルト、入り込みすぎの危険は、今回も大いにありそうです。



おまけ:ウィーンフィルの会計担当のセカンドヴァイオリンのおじちゃんは
シューベルトの親戚だそうで、「どうも、会計担当です。」って感じの
演奏ながら、やっぱりどことなくよい音楽を感じさせるので、微笑ましかったです。


by HAL